ハーティング社60年の歴史

1945年、ドイツ・ミンデンの小さな工場内のワークショップから始まったハーティング。以来「人々の快適な生活のために」を思う企業家製品は今も変わらず引き継がれています。

2000 - 2007年  新ミレニアムの新しい方針

2000-2007年

2006年、ハノーバー見本市の開会式で、ハーティングの受動UHF RFID トランスポンダ HARfid LT 86 (HT)が、ハノーバー見本市の国際テクノロジー賞にあたる「ヘルメス賞」を受賞。

VDE(ドイツ電気技術者協会)は、ディートマ・ハルティングの功績を認め、2006年、名誉会員に任命。

2007年5月、ルーマニアのシビウ市に、新工場が竣工。医療、電気通信、工業分野向け産業用コネクタとケーブルハーネスを製造する提携会社を支援。

2007年10月、より高いカスタマサービスを目指し、中国の珠海に10番目の製造拠点を設立。

1990 – 1999年  People – Power – Partnership

1990–1999年

1996年12月23日、株式合資会社(KGaA)化。

その1年後、技術面および外見デザインを一新した、初の全電子式屋外自動販売機「バリオテック(VARIOTEC)」を、ベルリンのアドロン・ホテルにてお客様に紹介。同じ1997年には、スローガン「ピープル – パワー – パートナーシップ」を導入しました。

1999年、世界的に著名なスイスの建築家、マリオ・ボッタに、ミンデン市の新しい営業本部ビルの設計を依頼。

同年、ディートマル・ハルティングがドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)の会長に選任されています。

1980 – 1989年  生産性の拡大 グローバルへ

1980–1989年

1983年、スイスにおける時計工業の中心地、ビール市において、平形ケーブルコネクタの生産を開始。製造工場を建設し、2年後には増築を行いました。

1986年、初の屋外用電動自動販売機「セムトロン(Semtron)」の開発、生産、販売を開始。

1970 – 1979年  エスペルカンプでのさらなる発展

1970–1979年

1979年、エスペルカンプ北部の工業施設に、5万平米の土地を購入。さらに、総合開発プランの作成を行い、第2工場建設の第一段階が終了した後、53,500平米の敷地を追加しました。

同年、「ハーティング・エレクトロニクス有限会社(HARTING Elektronik GmbH)」に社名を変更。

1979年1月1日、フランスにヨーロッパ初の現地法人を設立。その頃続いて、オーストラリア、ベルギー、ブラジル、中国、ドレスデン、英国、香港、イタリア、日本、オランダ、ノルウェー、オーストリア、ロシア、スウェーデン、スイス、シンガポール、スペイン、チェコ共和国、台湾、米国に現地法人が設立されました。

1959 – 1969年  製品ラインナップの充実

1959–1969年

1957年、ヴィルヘルム・ハルティングは、米国・ピッカー社との共同経営で、X線装置の工場「ピッカー&ハルティング有限会社」を設立。製造品には、定評のあるピッカーX線装置と診断ユニット、およびハーティングの電気医療用ジアテルミーユニットがありました。

さらに、「電気機械および電磁コンポーネント」という新部門を立ち上げ、これがハーティングの成長に決定的な役割を果たすことになりました。

そのすぐれた品質が、専門家の間にすぐに知れ渡り、1959年、ヨーロッパで初となる電子制御によるたばこの自動販売機の製造をスタート。そして、1960年代初め、当時まだあまり開発の進んでいなかった電磁装置(持ち上げ、回転、制御ソレノイド)の専門メーカーとして第一歩ふみだしました。

1950 – 1958年  需要の増大と生産の向上

1950-1958年

1950年代、すでに180人もの従業員を抱えるようになったハーティング社は、エスペルカンプの、移民 が多く住む繁華街に移転。新しい会社名は「ヴィルヘルム・ハルティング電気機械工場」、所在地は「エスペルカンプ=ミットヴァルト、ダンツィガー通り」となりました。

旧弾薬庫をいくつか購入し、総面積5万平米の近代的な工場を段階的に建設。高性能の研削盤、穿孔機、旋盤、タレット旋盤、ギロチンシャー、プレスなどを設備として有していきました。

1945 – 1949年  最初の製品、最初の成功

1945-1949年

1945年9月1日、ヴィルヘルム・ハルティングと妻のマリーにより「ヴィルヘルム・ハルティング・メヒャニッシェ・ヴェルクシュテッテン(Wilhelm Harting Mechanische Werkstätten)」創立

会社は、ミンデン市内の修理工場の一角、わずか約100平米足らずの小さなワークショップからスタートしました。

当時は主に、省エネランプをはじめ、需要の高かったホットプレート、電気点火器、2プレート電気コンロ、アイロンなどの生活電化製品を生産していました。